Study Abroad
Freshman (1976.9 - 1977.8) ..4

■健康診断のために病院へ行く■
この年は、数百年に1回という大寒波がBuffaloを襲い、街に戒厳令が出たほどでした。詳しくは、後でお伝えします。 という気象状態の中で、健康診断のためにダウンタウンにある病院(Edward J. Meyer Memorial Hospital)へ 行きました。公共交通機関のバスで行ったのですが、雪のために到着に相当時間が掛かりました。健康診断は 皆さんが受けている診断と同じで、胸部のX線写真と血液検査等でした。歯の検診も含まれていました。 病院からは以下の請求書が届きました。この費用は、次の年(1977)の10月に払いました。

■1976-1977の冬休み■
アメリカに来て2回目の冬休みは、英語学校で知り合ったBさんとDさんに会いに行くことにしました。費用の 節約のためにグレイハンドバスを利用しました。Buffaloのダウンタウンにバスターミナルがあるのですが、 そこは異様な感じの場所でした。いつ犯罪が起きてもおかしくないような感じで、警官や移民局の人が うろうろしていました。その1人が私に近づきパスポートの提示を求めました。バスを利用する人種は、 黒人、ヒスパニック系、アジア系が主でした。安全のために次の旅行からは飛行機を利用することに決めました。
これから会うBさんとDさんですが、 Bさんは、New York City(NYC)でファッション系の大学に入学し、Dさんはフェラデルフィアで美術の大学に入学していました。 New York Cityでは、コロンビア大学、ロックフェラーセンターのクリスマスツリー、貿易センタービル(今は無い)、 エンパイアステートビル展望台、幾つかの美術館を見学をしました。NYCには、たくさんの美術館が有りますので、 ガイドが必要ですね。私たちの場合、Dさんが詳しく説明してくれたので助かりました。 夜は5thアベニューでテキサスインスルメントの電卓を買いました。 確か100ドル位だったと思います。そのころ電卓は、技術系学生の必需品でした。アメリカ人は電卓を腰にさげます。 彼らは何でも腰にさげるのが好きです。現在では、携帯電話を腰にさげていますね。 話がそれましたが、大晦日にはタイムズスクエアでカウントダウンを見ました。 すさまじい人で、身動き出来ない状態でした。すると、誰かの手がDさんのポケットに入っていていました。 その男はすりをやったのでしょうが、あまりの人で身動き出来ず手が抜けなかったようです。

ワシントン スクエア パーク
コロンビア大学の前
ロックフェラーセンター


New York Cityに2泊した後、Dさんは私を彼が住むフェラデルフィアに連れていってくれました。グランドセントラル駅 からフェラデルフィアに向かいました。ここでは、フェレデルフィア美術館やベンジャミンフランクリン博物館へ行きました。 フェレデルフィア美術館はロッキーの銅像で有名になりましたよね。 Dさんとは夜遅くまでたわいもない話をしました。彼とは、数年後、日本でも会うことになります。
フェラデルフィアは、アメリカ独立宣言が行われた都市です。

ベンジャミンフランクリン博物館
フェレデルフィア美術館

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